
坂枝 真一
リハビリテーション あいのわ
代表取締役
軸を決めて走りきれ
SAKAEDA SHINICHI
常識外れの介護施設
長崎県諫早。潮の匂いと山の青が交差する町外れで、ひときわ透明なガラス張りの建物が光を跳ね返している。中を覗くと、リハビリ用のマシンの隙間を縫うようにインベーダーゲームの筐体が鎮座し、利用者は笑いながらレバーを倒す。そこでは「介護施設」という常識的なイメージがほとんど作用しない。
Fit LIFE DESIGN 株式会社、愛称「リハビリテーション あいのわ」。代表取締役・坂枝真一は、まるでローカル線の終着駅に突如現れた尖塔のように、介護業界に風穴を開け続けている男だ。会社設立は2014年。従業員はすでに120名を超え、事業は在宅介護サービスを中心に十路へと枝分かれした。「在宅ケアの総合商社」を標榜し、高齢者を“お客さま”として扱う接遇とデザインで地域を塗り替える。
将来、自分が通いたい場所を作る
坂枝は1973年生まれ。中学二年で祖母が脳卒中に倒れた瞬間、人生の羅針盤は「リハビリテーション」という言葉に向きを変えた。白衣の理学療法士が祖母を後ろから支え、歩行訓練を行う光景は、さながらハイジの「クララが立った」シーンの実写版だったと語る。
1995年に長崎リハビリテーション学院を卒業し、老人保健施設に就職。気づけば19年。主任の肩書きも、後輩の尊敬も手に入れていたが、40歳になって初めて支払う介護保険料の重みが、胸に違和感を残した。「今の介護サービスのあり方で、自分は本当に利用するだろうか?」内なる声は NO だった。ならば自分が通いたい・利用したい場所を作ればいい。
2014年5月、たった3人のスタッフで会社を立ち上げた。同年9月にデイサービス1号店、以後“1年に1事業所”という獣道を切り拓く。COVID‑19が猛威を振るった時期でさえ歩みは止まらない。「僕らのサービスが止まれば、地域の皆様の生活インフラが崩れる」とスタッフは血走った目でシフトを埋め、利用者は一人も取り残されなかった。
開設間もない頃、片麻痺で歩行が困難な女性が訪れた。彼女の夢は「もう一度、バスケットボールのコートに立ち、教え子を指導する」こと。スタッフは半日型のデイサービスで集中的なリハビリプログラムをカスタムし、ゲーム機で反射神経を鍛え、AI解析で家庭内の動線を最適化した。半年後、彼女は体育館に立って笛を吹いた。「奇跡だ」と周囲は涙したが、坂枝は肩をすくめた。「奇跡じゃない。彼女が努力した。ただそれだけです。」
「社長もプレイヤーの1人に過ぎない」
同社が最新モデルとして打ち出しているのが、フィットネスクラブ感覚の70分型デイサービス。週1〜2回しか来所できない軽度の利用者に対し、「来ない日」に何をすべきかを逆算して処方する。運動風景を動画で撮影し、AIが具体的なエクササイズを推奨。スタッフは生活実態に合わせて選別し、写真と動画で課題を持ち帰らせる。「通所」が目的化する古い介護を解体し、「自宅にいる時間こそ人生の主戦場」という価値観を利用者に埋め込む。
社屋はコンクリートと木材と陽光の共存を狙い、香り立つコーヒーとロックのBGMが流れる。スタッフの平均年齢33歳。社内にはソフトボールクラブがあり、代表自らも全国優勝の経験のあるソフトボールで、地域の社会体育も盛り上げる。組織論のキーワードは「アベンジャーズ」。一人ひとりが主役で、それぞれの能力を最大化しながら集合体として強い。主役は場面場面で変わる。坂枝自身は「社長という役割のポジションを守るプレイヤー」でしかないと笑う。
変わらないほうがもっと怖い
2025年問題。その向こうに待つ2040年問題。団塊ジュニアが要介護予備軍になる時代を、坂枝は「自分たち世代が“客”になる世界」と捉える。「時間は待ってくれません。僕ら自身が行きたい場所を、今のうちに完成させておく」。諫早の街に深く根を張りながらも、視線は高齢化社会のフロントラインを射抜く。
介護の世界では、法制度も報酬体系も数年ごとに揺らぐ。そこで必要なのはスピード感だ。創業11年で11事業所。この数字は業界の常識ではなく、変化への順応速度を示す計器である。「地域にある既存の介護施設は見に行きません。イメージに引っ張られるから」と坂枝は言う。彼が参照するのは、エステサロンの什器、カフェの匂い、ジムの汗。異業種から抽出したエレメントで、介護のイメージを再構成する。
最後に、若い読者に向けて彼はこう語った。「選択肢が多い時代ほど、自分の軸を一本決めて走り切ってほしい。やり続けることでしか見えない景色がある。変化は怖い。でも、変わらないことの方がもっと怖い」
介護という言葉に漂う負の湿度を、坂枝は遊び心と理学療法士としての臨床知と、地域への愛で乾かしていく。諫早の潮風は今日も施設のガラスを磨き、新しい「在宅ケアのストーリー」を映し出す。その物語のエンドロールには、利用者の笑顔とスタッフの疾走する背中、そして「変化を恐れぬ者たち」の名前が刻まれるだろう。
坂枝 真一
リハビリテーション あいのわ 代表取締役
1995年長崎リハビリテーション学院卒。同年医療法人和光会 介護老人保健施設「恵仁荘」リハビリ課主任として勤務。2014年5月、Fit LIFE DESIGN 株式会社を設立し、同年9月にリハビリテーションあいのわデイサービスを開設。現在、通所・訪問・ショートステイなど全10事業所を展開。