諦めないための創業とブレない信念
アイネットマコトの始まりは、「起業したい」という野心からではなかった。幼少期から鶴丸を女手一つで育ててくれた祖母が交通事故に遭い、介護が必要になったことが大きな転機となる。大好きなシステム開発の仕事を続けたいという思いと、家族を支えたいという思い。その両立の狭間で導き出した答えが「インターネットを活用して場所や時間にとらわれず自分で仕事をつくる」ことだった。
「環境や事情によって、やりたいことを諦めなくてもよい社会を技術でつくりたい」。この創業時の切実な思いは、現在のアイネットマコトの事業の根幹に深く息づいている。AIやITの力を使って、年齢や住んでいる場所、家庭環境、障がいといった様々な壁を取り払い、誰もが自分の可能性を活かせる社会を目指しているのだ。
鶴丸が仕事において大切にしているのは「目の前の小さな成果だけでなく、未来の大きなビジョンを描き、そこへ向かうこと」だ。技術者として海外の英語文献と格闘し、何度も失敗と試行錯誤を繰り返した経験が強靭な精神力と確かな技術力を培った。どんな困難に直面しても「できない理由ではなく、できる方法を考える」というモットーが、彼を支え続けている。

時代の先を読む開発力と挑戦
同社の強みは技術が広く普及する前の「これから社会を変える可能性がある」という黎明期にいち早く挑戦し、サービスとして世に送り出すスピードと実行力にある。
かつて、ソフトバンクの孫正義氏がいち早くiPhoneの可能性を見据えた姿に衝撃を受けた鶴丸はスマートフォン市場の幕開けとともにアプリ開発へ参入した。結果、自社開発アプリが海外の販売ストアランキングで1位を獲得し、大手企業の公式コンテンツへの採用やコンテストでの大賞受賞など、目覚ましい成果を挙げた。
そして今、彼がスマートフォンの登場に匹敵する変革と捉え、全力を注いでいるのが「生成AI」である。「スマートフォンが社会を変えたように、AIも人々の仕事や暮らしを大きく変えていく」。そう確信する鶴丸はAIを単なるツールとしてではなく、社会課題を解決し人々に新しい価値や体験を提供する仕組みとして昇華させている。

AI×地域資源で創る未来の体験
現在、特に注力しているのが、地元・唐津の歴史や文化にAIを掛け合わせた新しい観光体験の創出だ。
同社が手掛ける「唐津くんち曳山なび」では、位置情報だけでなくAIナビを導入し、子どもたちが曳山そのものとリアルタイムで会話できるようなファンタジーあふれる仕掛けを構想している。また、「名護屋城陣あとプロジェクト」では、AI武将「豊臣秀吉」と対話できるシステムを開発。歴史を「読む」のではなく、当時の人物と「話す」ことで、まるでその時代に入り込んだかのような圧倒的な臨場感を生み出す。
「唐津くんちには、年齢や肩書きを越えて町全体が一つになり、お互いを思いやる心が凝縮されています。そうした地域の伝統文化に込められた精神を、AIを通じて未来へ、そして世界へ伝えていきたい」。鶴丸はデジタル技術を駆使して、人と人の心がつながる温かい未来を描いている。

地方から世界へ、自ら生み出す側へ
「首都圏で生まれたサービスを地方が使うだけではなく、地域の人たち自身が本当に必要な仕組みをつくり、育てていける環境を実現したい」
AIの進化により、それは夢ではなくなりつつある。地域を最もよく知る人のアイデアとAIを組み合わせれば、地方からでも全国、世界へ通用するサービスを生み出せる。アイネットマコトは唐津からその先陣を切り、地方が最新技術を武器に新しい価値を発信するモデルケースになろうとしている。
「自分が正しいと思った道を信じ、最後までやり抜く」。尊敬する歌手・中森明菜の生き方に共感し、自らもそうありたいと語る鶴丸。「あの時代に、こんなものを生み出した人がいた」と後の世代に語り継がれるような仕事を成し遂げるため、技術で人の可能性を広げる彼の飽くなき挑戦は、これからも続いていく。
