自分軸を持ち、創造と挑戦を

NISHIMURA AKIHIRO 西村 明浩

株式会社西村鐵工所
代表取締役社長

1970年代生まれ。別会社で営業の基礎を学んだ後、家業である株式会社西村鐵工所へ入社。前社長である兄の後を継ぎ、経営危機にあった同社を立て直す。社是である「創造と挑戦」を胸に、顧客の声から生まれるオンリーワンの産業機械(コンベア、ドライヤー等)を世に送り出し続けている。社長就任から16年目を迎え、現在は次世代に向けた組織構築と、佐賀から世界へ向けたモノづくりに注力している。

http://www.nisitec.co.jp/
西村 明浩 | 株式会社西村鐵工所 代表取締役社長

「唯一無二の技術」で産業の心臓部を支える会社

私たちが普段の生活で直接目にすることはほとんどない。しかし、日本のみならず世界の産業を陰で支える重要な「細胞」を生み出している企業が佐賀県にある。「株式会社西村鐵工所」。産業用機械、特にコンベアや特殊なドライヤーといった工場設備の製造・販売を手がける同社は、創業から100年以上の歴史を持つ老舗企業だ。
一般消費者の目に触れる機会は少ないが、製鉄所やゴミ処理場、さらには最先端の電子材料の製造現場に至るまで、同社の機械は工場の心臓部として休むことなく稼働し続けている。

その陣頭指揮を執るのが、代表取締役社長の西村明浩である。幼い頃から「いつかは家業へ」と刷り込まれて育った彼は、別の会社で営業の基礎を学んだ後に入社。前社長である兄の跡を継ぎ、経営トップとして16年目を迎える。彼が率いる西村鐵工所は、「よそにはないもの」を生み出すオンリーワン企業として確固たる地位を築いている。

破天荒な原点と、激動の時代を乗り越えて

西村鐵工所の歴史は、時代のニーズに応え、常に変化と挑戦を繰り返してきた軌跡である。創業期の農業用灌水ポンプの製造に始まり、戦時中はライフルの薬莢をも製造した。先代が若くしてトップに就いた時代には採石用の機械製造へと舵を切り、昭和50年代には現在の主力のひとつであるコンベアの製造を開始した。新日本製鐵(現・日本製鉄)八幡製鉄所に納入されたコンベアの中には、当時設計監修に入ってもらったこともあり、半世紀もの間、現役で稼働し続けているものもあるという。

しかし、西村が社長に就任した当時、会社は存亡の危機にあった。「表裏を含めて、当時の売上の倍にあたる借金がありました。リアルカイジみたいな話ですが、7億円の掛け捨ての生命保険に判子を押して社長になったんです。要は、失敗したら首を吊れということですね」と、西村は当時の壮絶な状況を笑い飛ばす。

ドラマのような修羅場の中で、西村は営業の第一線から一歩引き、経営者として銀行を回り、基本に忠実に「入りを図る」ことで立て直しを進めた。その強靭な精神力と実行力が、現在の安定した基盤を作り上げた。

オンリーワンの技術力と、共創から生まれる革新

西村鐵工所の最大の強みは、「自社にしか作れないものを作っている」という点に尽きる。社是として掲げる『創造と挑戦』の言葉通り、挑戦なきところに新たな創造は生まれない。同社は独自の技術を持ちながらも、決して自前主義に固執することはない。

近年注力している真空タイプの「CDドライヤー」の開発エピソードが、同社の姿勢を雄弁に物語っている。展示会で某大手自動車メーカーの担当者から「真空タイプはできないのか」と問われたことがすべての始まりだった。翌年も同じ質問を受けた西村は、「彼らが1年探して見つからないということは、世の中に存在しないのだ」と確信し、開発を決意する。

その際、自社内だけで完結させるのではなく、佐賀大学の教授をはじめ、外部の専門家やパートナーの知見を積極的に借りた。「借りられる力は借りる。とりあえずやってみようと決めた後、どう実現するかを周りの力も借りて形にするのが今のスタイルです」と西村は語る。顧客の声に耳を傾け、共創によって新しい価値を生み出す。この柔軟さこそが、同社が進化し続ける理由だ。

自分だけの「ランキング」を作れ

西村の視線は、次なる100年、150年先を見据えている。現在直面している課題は、自身に依存した経営体制からの脱却、すなわちBCP(事業継続計画)の構築だ。誰が引き継いでも回る仕組み作りを徐々に進めている。また、「モノづくりはAIには代替できない」と確信しており、日本の優れた技術を「佐賀から世界へ」と羽ばたかせるべく、日本企業の海外工場などへの納入も進んでいる。

一方、次世代を担う10代、20代の若者たちに対して、西村は独自の視点で温かいエールを送る。

「今の若い世代は、情報が溢れすぎていてかわいそうだと思っています。SNSなどでよそ様の幸せそうな動画と自分を見比べても何も状況は変わりません

だからこそ、西村はこう説く。

「いずれ、自分の意志で覚悟を決め、決断しなければならない時が必ず訪れます。その時、世間が作ったランキングや周りの声に流されてはいけません。大切なのは、自分の中を探り、自分だけの『ランキング』を作ることです」

世間の評価軸ではなく、自分自身の基準で物事を判断する「自分軸」を持つこと。そのためには、情報から離れ、自分を俯瞰し考えるための「余白の時間」を持つことが不可欠だという。

「社会貢献や世界平和といった大きな言葉よりも、まずは自分に関わってくれた周りの人が幸せになってくれればそれでいい」

飾り気のない、しかし芯の通ったその言葉には、幾多の修羅場を潜り抜けてきた経営者ならではの優しさと哲学が滲んでいる。情報過多の時代を生きる若者たちへ、佐賀の地で鉄と向き合い続ける男からの、熱く真摯なメッセージである。

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