橋本 剛

学校法人鶴鳴学園長崎女子短期大学
理事長/学長

他者のために何を生み出せるか考える


HASHIMOTO TSUYOSHI

女子教育の理想が130年続いている学び舎

中国の古典である詩経の小雅・鶴鳴篇。ここにこんな一節がある。

鶴九皐に鳴いて声天に聞こゆ(つるきゅうこうにないてこえてんにきこゆ)

鶴は、人に知られない山奥の沢辺で鳴いても、その声は遠くまで達する。たとえ社会のなかで人に知られなくても、地味であっても、現実に根ざして誠実に生き、学び続ける人は、深い谷間で鳴く鶴の声が、やがて天の高みまで響くように、必ず人々から高く評価されるようになる。

長崎の坂と海風に抱かれて佇むのは、長崎女子短期大学を核とする学校法人鶴鳴学園である。明治29年に笠原田鶴子が女子教育の理想を胸に創立、彼女は詩経のこのことばを建学の精神とした。この指針は、130周年を迎える今もなお学内に根付いている。

現在は学長であり教授でもある橋本剛が、学園運営からブランディング、法人全体の進化構想までを担い、短期集中型の教育を社会に問う存在感を放っている。

「すべての女性に学びの門戸を開きたい」

創立から今日に至るまでの道のりは、まさに時代を映す鏡であった。女子教育機関としての礎を築いた新潟県出身の笠原田鶴子は、明治期に東京で女子教育の振興に携わっていた。当時の女性知識人に多大な影響を与えた翻訳家の若松賤子や、津田塾大学の創始者である津田梅子といった女性文化人のネットワークの中核にいた笠原は、欧米の女性教育について視察をおこなおうとし、日本と世界をつなぐ長崎に赴いた。そこで笠原は多様な人々の学びと品格、国際性を重んじる理念を掲げた学校を創立したのが1896年だった。

短期大学としての歩みは60年の歴史を刻んでいる長崎女子短期大学。世間では「短大は4年制の大学の短縮版」と見なされがちだが、橋本はそうした常識を言葉巧みに覆す。「短期大学とは『ショートバージョン』ではなく『短期集中大学』なのです。つまり4年間かけるべき学びを圧縮して、より深く濃く味わうということだと定義できます」…短大の真価を見直し、社会に先んじて自律した人材を送り出す意義を強く訴える。

教育を完結させる鍵は「地域との連携」

資格取得だけではなく、地域との連携こそが教育を完結させる鍵だと考える橋本。そこで設けられたのが「地域未来創生コース」だ。2年生終盤に行われるのみだったインターンシップを、あえて入学直後に前倒しし、長崎という街とそこで働く大人たちの姿を肌で感じさせる。学生には名刺が手渡され、ゲストスピーカーや市長との名刺交換を通じて、社会は遠くない、『歩き出せば着く場所』だと実感させる。この小さな一歩が、自己肯定感の向上と主体的な学びを促し、地域の企業と大学の垣根を越えた実践的教育を生み出している。

地域のみならず世界へ視野を向ける発想も大胆だ。福岡の短期大学で留学生6割の実績を挙げる事例に触発され、アジアやアフリカへの系列校設立を構想しているという。実際、インドネシア・スラバヤでの学長会議に、唯一の短大として招かれた縁を生かし、現地の学生と長崎企業をオンラインで結ぶ国際就職フェアも企画中だ。地域の企業が触れたことのない「優秀な海外人材」とのマッチングが、新たな可能性を開く。

近年相次ぐ大学の募集停止について、橋本は経営者としてこう提言する。「日本の少子化を嘆くのはまだ早いです。高校や中学など地域の児童・生徒数に依存する教育機関であれば少子化の影響は避けられませんが、大学は違います。学生は地域や国を越えて募集することが可能です。実際私が留学していたジョージタウン大学や、ハーバード大学ですら各国で積極的に学生募集を行っている現状がある。大学の魅力に気づいてもらうために、自分たちも、その足で発信を続けていく必要があります」

オンライン教育や生成AIの活用にも積極的だ。離島在住の学生が2年次を地元でオンライン履修できる仕組みや、3、4年次相当のプログラムを他校と共同開発し学びの継続性を担保する取り組みが進む。さらにAIと対話し個別最適化された学びの到来を見据え、「教員不要時代」への備えも怠らない。集い議論し合う「ワークショップ型学び」が、対面教育の新たな意義になるとの橋本の眼力は、キャンパスとまちとをつなぐ教育の未来像を鮮やかに描き出す。

他者のために何を生み出せるか

これから鶴鳴学園が見据えるのは、多様な才能を交錯させる国際実践型の教育環境だ。海外からの留学生誘致やオンライン連携による国際就職フェアの開催を通じて、長崎企業と優秀人材を結びつける構想が進行中だ。学園のなかで、AIと教員が共にファシリテーターとなるワークショップ型の未来像を描く橋本。多様な人々に学びの門戸を開き、西洋と日本文化の架け橋となり、人としての品格と美しさを重んじる理念は、130年を経てなお、校訓として息づく。橋本は「創立者が示した多様性・国際性・品格は、今こそ再評価されるべき価値です。学びとは、他者のために何を生み出せるかを常に問い続けることですから」

長崎のまちと歴史に根ざしながら、世界へと羽ばたく教育の新時代を、鶴鳴学園は今日も切り拓いている。

橋本 剛

学校法人鶴鳴学園長崎女子短期大学 理事長/学長

1969年長崎市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、米ジョージタウン大学院で公共政策修士を取得し、農水・環境省勤務や長崎市議を歴任。現在、学校法人鶴鳴学園理事長兼長崎女子短期大学学長として、地域創生と国際・AI教育を軸に短大改革を推進している。